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  08 ,2017

2年半に及んだ世界旅を終えてからの日常や料理のこと。


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たんたん&オカナ

Author:たんたん&オカナ
コックの二人が仕事を辞めて2年半の世界一周旅行へ。無事に帰国し結婚。再びコックの世界に戻り、日々奮闘。料理漬けの毎日を送る。

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09

Category: 東チベット

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稲城はサラッと通過
タシデレー。昨日の過酷な移動で今朝起きたら上半身バキバキになちゃったわたくし、オカナです。
もう、ちょーいってぇー、背中(;´Д`)
けどね、明日はそれをも上回る更に過酷な移動になるらしいのです。
お~怖ッ。けど、この険しく辛い道のりを越えれば・・・て、道のり以外にもまた、別の試練が待ち受けているかもなので、まずはそれがクリアできますように(>_<)
皆さん、どうか無事に私たちがたどり着けることを祈っていて下さい。。。

さて、今日は昨日書いたリタンにいく前に、その手前の街で滞在したお話です。

4泊したシャングリラ。見どころはそれなりにあったのですが、お金かかるし、体調もお互い万全ではなかったのでほぼ旧市街と新市街をうろつくだけで終わりました。
翌朝バスに乗り込み次の町へ。

バスはどんどん山道を上がっていきます。かなりクネクネの道だったので乗客の少数はぐったりしていました。
途中オカナたちの隣に座っていた、ブラザートム似の金髪のおっさんが車内でタバコを吸い出したので、しょうがねえなーと、オカナは渋々マスクを着けだすとおっさん、一応気を遣って、席を離れてドア付近で細々と吸っていました。気遣ってくれてありがとう。


P8070067.jpg


途中休憩を挟んでのおトイレへ。
もう、ニーハオトイレにも慣れたものです。仕切りの無いおトイレで皆さんお尻むき出しで用を足す姿を見ても何とも思いません。
郷に入っては郷に従えです。オカナも横列に並んでプリっとおケツ出しますよ~
 

この山道をチャリで走る中国人。
なんでも最近中国の若者たちの間でチャリで成都からラサまで行くのが流行っているとかなんとか。
確かにチャリダー中国人よく見かけます。

たくましいな~

P8070161.jpg

だってこんな山道だよ。道ガタガタだし、標高も高いのにね。絶対に真似したくありません。

P8070084.jpg

しかし景色は最高です。
中国では移動中、こんな景色が本当によく見れるんです。おかげで辛い移動でも耐えられる。

P8070200.jpg


約10時間半の移動を終え、ようやく目的地の「稲城」に到着です。
稲城には亜丁自然保護区という景勝地がありましてこの町にやって来る観光客の大半は亜丁を目的にやってくるそうです。
しかしオカナたちにとって稲城はただの経由先なんですがね。

着いた途端オカナの体調に異変が。。。
頭痛い、吐き気がする(-_-;)

やべぇ、来たぞ、高山病。

そう、稲城の標高は富士山とほぼ同じ高さ。

高地のシャングリラで4日も居たんだから体が慣れているんではという、甘い考えは通用しませんでした。
フラフラの状態で何とか目的地の宿に到着。
しかし寒い、寒すぎる!
とりあえず砂埃になった体を洗い流したかったのでシャワー浴びに行ったらタンク式タイプで途中でお湯が切れて水に変わってしまい、マジで死ぬかと思いました。だからタンク式嫌いなんだよ(;´Д`)
ありがたいことに各ベットには電気マットなるものが設置されていました。
しかし喜んだのもつかの間、停電になりました。
FU*K!!

そんな弱り切ったオカナにいつものようにたんたんが世話をしてくれます。
すまないね~、いつもご迷惑おかけします。。

あとは同じドミ部屋のチェン君。
珍しく英語がペラペラだなーと思ったら台湾人でした。
チェン君とても親切でいろいろと親身になって助けてくれました。
チェン君もまた亜丁に行くらしく、オカナたちが行かないことを知ると、ええ!君たち何しにここに来たの!?信じられない~と、驚かれました。
そんなチェン君も数時間後に高山病になりダウンしてしまった。


瞳がARATA(井浦 新)似のチェン君。

P8080239.jpg


ドミトリーに泊まるほとんどの中国人宿泊客は、意外と皆さんマナーがあります。少し騒いでたとしても夜の23時ごろには皆さん行儀良く布団に入ってくれるし、消灯も出来る。欧米人とは比べ物にならないくらい優秀。
とてもありがたいです。

電気も復活し、温かい布団に包まりながら就寝。


翌朝、8時頃に目が覚めると体調が戻った。
(オカナ、毎回回復力早いのよ)

で、町を探索。

町はとてもこじんまりとした感じ。見渡せばあちこちにチベット系の顔をした人たちが目立ちます。
稲城に住む総人口のうちチベット族の割合は96%なんだそうです。
しかし町には至る所に中国語の文字。
シャングリラでもそうでしたが、チベット人が話す言葉はもっぱら中国語。書くのも中国語です。


その背景には長く続く中国支配の下、チベットの文化、教育が荒廃の道を辿っているのです。
詳しくはコチラを読んでください→(コチラ

教育の場であった寺院が多く破壊されたことによって学べなくなってしまった子供たち、チベット語を教える教師が減少、中国政府は「民間学校」なんてもの作ったけどそんなもの上手くいかなかった。
チベット教育がまともに受けられず、漢民化がどんどん進んで行く一方。


シャングリラではチベット人に「タシデレー」と話しかけても殆どの人が微妙な反応でした。え?チベット語で話しかけるのってダメなのかな?と、思ってしまうぐらいに。だから、渋々ニーハオーと言っててみたものの、なんだかギクシャクしてしまいました。
そして稲城でも。話しかけるとみんな優しい微笑みを見せてくれるんだけど・・・、彼らの口から出てくる中国語を聞くと何だか切なくなりました。
(注 全てのチベット人がそうだったわけではありません。きちんとチベット語で返してくれる人もいました)


え~っと、
町の写真ですが、すいません。これしかありません。

↓ ↓


P8080238.jpg

うん。全然チベット人写ってないし、町の風景も何も無いっていうね。(;^ω^)

なんかね、町を歩いていたら突然飲食店の前で爆竹が始まって、すごかったな~っていう写真です。
どうでもいいね。


え~、そんな稲城でした。短けッ




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