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  07 ,2019

2年半に及んだ世界旅を終えてからの日常や料理のこと。


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たんたん&オカナ

Author:たんたん&オカナ
コックの二人が仕事を辞めて2年半の世界一周旅行へ。無事に帰国し結婚。再びコックの世界に戻り、日々奮闘。料理漬けの毎日を送る。

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14

Category: 東チベット

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鳥葬を見る
おまっとさん!オカナです。

東チベットを周っている間は結局ネットができませんで3,4日と空いてしまいましたが、何とか今日からまた更新していけそうなのでよろしくお願いします(;´∀`)
とりあえずリアルタイムは先ほど東チベットへの入口と言われる、康定と言う町に着きました。(オカナたちは逆に出てきたんだけどね)
4日ぶりのシャワー浴びれてさっぱりです
しかし、町の雰囲気がチベット圏から中華圏に変わってしまい、なんだか淋しい気持ちです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ニーハオ。

前回の稲城で一泊した後、次の日、ミニバンに乗ってリタンという町へ向かいました。
このリタンまでの道のりがま~辛かった!
今までに無いほどのTHE悪路!
ドライバーが飛ばしてくれたおかげで4時間ちょっとの移動でしたが、疲労度は今までで最強だったかも。車の中は終始ガッタン、ゴットン、ガガガガー。
パソコンだけは守らねば!と、たんたんと替わりばんこでパソコンの入ったリュックを必死で守り続けました。ギュっと胸に抱きしめて踏ん張っていたせいで、到着して数時間後に背中がバッキバキに筋肉痛起こしてしまいました。
で、なんとかリタンの町に到着。
ミニバンが停まったすぐ先には公安が。
オカナたちは公安の目に留まらぬよう、忍び足でさささッ~っと、目的のお宿へ(/ω\)(理由はまた次のブログで書くとしよう)


リタン(理塘)。

中国四川省カンゼ・チベット族自治州西南部に位置する県で、標高4,014mという高原地帯です。
このリタンの町では歴代のダライラマ(7世、10世)が生まれた場所でもあるそうです。
この自治区の人々のチベット人としてのアイデンティティや民族意識が非常に強いことで知られているそうです。

「リタンでは現在も中国政府に対する反発は根強い。2007年8月には多くの観光客や要人が集まる競馬祭の開幕式においてルンギェ・アダク(Runggye Adak)という男性が独立を訴える演説を行い拘束され、解放を求める市民と公安とが衝突する騒乱になった。2007年秋には中国政府はリタンで大規模な愛国教育キャンペーンを行い、ダライ・ラマ14世に対する批判運動や、公安による独立支持者に対する捜索・逮捕などが続いた。」
(ウィキペディアさん参照)


ここでもやはり中華系列のお店などが立ち並んでいましたが、シャングリラや稲城の時とは違う、チベット文化、スピリチュアルが大切に守られている感じが見られました。


散歩の途中で見つけた、とある寺院。吸い寄せられるようにして中に入っていく地元の方たち。
境内には沢山のマニ車がありまして皆さんはお経を読みながらマニ車を回して歩きます。


P8090140.jpg


寺院の中に入ると、マニ車と仏像、それにお偉い方であろう、僧侶の方々の写真と共に見慣れたあの方の顔が。
ダライラマ(14世)法王だ。
中国政府によってチベットでダライラマの写真を所持したり飾ることなどが違法となっているんですが、このお寺ではそんなダライラマの写真が堂々と飾られていました。
穏やかな表情のダライラマ法王の写真を前にお爺ちゃん、お婆ちゃんは腰を深々と下ろしながら熱心にお祈りを捧げていました。

中国政府の圧力に臆することのない、チベット人たちのダライラマへの忠誠心を垣間見ました。
どこまでもまっすぐな人たち。

P8090190.jpg



お寺を出ると皆さん、その先を進みます。ついて行きましょう。

P8090012.jpg



このぐらいの坂・・・なんて、甘く見てもらっちゃ困ります。
ここは標高4000m越え。2,3歩進んだら息があがるんだから( ゚Д゚)
何度ギブアップしようと思ったことか。

P8090148.jpg


お婆ちゃん達にすいすい抜かされていくオカナです。。。

P8090145.jpg



たどり着いたのはチャムチェン・チョェコルリン寺。
1580年、ダライラマ3世の発願により建立、現在では800人ほどの僧侶が常駐している、名高い寺院。この寺院にもやはりダライラマの写真がありました。

P8090165.jpg


さらにその先があるようなのでゼーゼーい言いながら何とかたどり着くと、丘でした。

天気も良くなり最高の見晴らし。死にかけながらも上ったかいがありました。

P8090230_2013081402310111e.jpg


P8090234.jpg

P8090239.jpg


さて。
次の日は早めに起きまして「鳥葬」というものを見に行ってきました。

読んで字のごとく、亡くなられたご遺体をハゲワシなどの鳥類に食べてもらうのです。これはチベット仏教にて行われる正式なお葬式。他にも塔葬・火葬・水葬・土葬と、4種類あるそうですが、一般的なのが鳥葬だそうです。

鳥葬は天葬とも言い、「魂の抜け出た肉体を天へと送り届ける(鳥とともに空高く舞い上がり天へ還る)観念」と「自然の一部である肉体を他生物への施し物とすることで魂は再び生まれ変わる」と信じられているそうです。

そしてもう一つが、「人間は生きている間に多くの生命を奪ってきたので、せめて死後の魂が抜け出た肉体を、他の生命のために分け与えよう。」


なるほど・・・。
そういう考え、悪くないなと思いました。


朝の6時半に宿を出て出発。タクシーで行くのが一般(?)らしいけど、節約のためと歩いて行くことに。けどこれがなかなか見つからない。地元の人に何度も場所を尋ねながら歩くこと1時間ほど。郊外にまでやって来た。
そのうち一帯が殺風景な草原になり、道なりを進むけど一向に何も見えてこない。何台かワゴンが走り去るので止めては尋ねた。そしてちょっとした小高い丘を抜けてようやく発見。

P8090075.jpg


先ほど見かけたワゴンが居まして、草原の、ある一定の場所に停まっていました。するとワゴンから運び出された一つの箱。出てきたのは遺体でした。死後数日が経っているようでずいぶんと青白かったです。

P8090054.jpg

うつぶせにさせられると、解体専門職の人がナイフで遺体に切り込みを入れていきました。こうすることによって鳥が食べやすくさせてるそうです。
解体職人が作業を行ている間ハゲワシはじっとその姿を見つめています。

P8090061.jpg


切り込みが終わり、職人が遺体から離れた瞬間ハゲワシが飛びつくように遺体を取り囲みました。ハゲワシはクエークエーと鳴きながら奪い合うようにして食べていました。
それはとても・・・何とも言えない光景でした。
数分も立つと職人が一旦ハゲワシを追い払いました。すると先ほどまでそこにあった青白い遺体は骨と少しの赤い肉片だけの姿に変わっていました。
職人はその残った骨を斧で叩き割り細かくしていきます。終わるとそれをまた食べるハゲワシたち。
最後はカラスや野犬がやって来てその場には何一つ残りませんでした。

P8090068.jpg

何も。

最初から最後までその光景を見ていましたが怖いとか、残酷だとかっていう思いはありませんでした。



人間は大地によって生かされている。亡くなれば肉体は役目を終える。その肉体を鳥たちが食べ、栄養となり、糞となりそしてまた大地へ戻る。

それって素晴らしいサイクルだね。

そう、思いません?

お金がかかるだけの墓なんかよりずっと自然的でいいじゃない鳥葬。


P8090244.jpg



最後にリタンの町で出会ったチベット人

P8090038.jpg


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I LOVE TIBET・・・


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09

Category: 東チベット

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稲城はサラッと通過
タシデレー。昨日の過酷な移動で今朝起きたら上半身バキバキになちゃったわたくし、オカナです。
もう、ちょーいってぇー、背中(;´Д`)
けどね、明日はそれをも上回る更に過酷な移動になるらしいのです。
お~怖ッ。けど、この険しく辛い道のりを越えれば・・・て、道のり以外にもまた、別の試練が待ち受けているかもなので、まずはそれがクリアできますように(>_<)
皆さん、どうか無事に私たちがたどり着けることを祈っていて下さい。。。

さて、今日は昨日書いたリタンにいく前に、その手前の街で滞在したお話です。

4泊したシャングリラ。見どころはそれなりにあったのですが、お金かかるし、体調もお互い万全ではなかったのでほぼ旧市街と新市街をうろつくだけで終わりました。
翌朝バスに乗り込み次の町へ。

バスはどんどん山道を上がっていきます。かなりクネクネの道だったので乗客の少数はぐったりしていました。
途中オカナたちの隣に座っていた、ブラザートム似の金髪のおっさんが車内でタバコを吸い出したので、しょうがねえなーと、オカナは渋々マスクを着けだすとおっさん、一応気を遣って、席を離れてドア付近で細々と吸っていました。気遣ってくれてありがとう。


P8070067.jpg


途中休憩を挟んでのおトイレへ。
もう、ニーハオトイレにも慣れたものです。仕切りの無いおトイレで皆さんお尻むき出しで用を足す姿を見ても何とも思いません。
郷に入っては郷に従えです。オカナも横列に並んでプリっとおケツ出しますよ~
 

この山道をチャリで走る中国人。
なんでも最近中国の若者たちの間でチャリで成都からラサまで行くのが流行っているとかなんとか。
確かにチャリダー中国人よく見かけます。

たくましいな~

P8070161.jpg

だってこんな山道だよ。道ガタガタだし、標高も高いのにね。絶対に真似したくありません。

P8070084.jpg

しかし景色は最高です。
中国では移動中、こんな景色が本当によく見れるんです。おかげで辛い移動でも耐えられる。

P8070200.jpg


約10時間半の移動を終え、ようやく目的地の「稲城」に到着です。
稲城には亜丁自然保護区という景勝地がありましてこの町にやって来る観光客の大半は亜丁を目的にやってくるそうです。
しかしオカナたちにとって稲城はただの経由先なんですがね。

着いた途端オカナの体調に異変が。。。
頭痛い、吐き気がする(-_-;)

やべぇ、来たぞ、高山病。

そう、稲城の標高は富士山とほぼ同じ高さ。

高地のシャングリラで4日も居たんだから体が慣れているんではという、甘い考えは通用しませんでした。
フラフラの状態で何とか目的地の宿に到着。
しかし寒い、寒すぎる!
とりあえず砂埃になった体を洗い流したかったのでシャワー浴びに行ったらタンク式タイプで途中でお湯が切れて水に変わってしまい、マジで死ぬかと思いました。だからタンク式嫌いなんだよ(;´Д`)
ありがたいことに各ベットには電気マットなるものが設置されていました。
しかし喜んだのもつかの間、停電になりました。
FU*K!!

そんな弱り切ったオカナにいつものようにたんたんが世話をしてくれます。
すまないね~、いつもご迷惑おかけします。。

あとは同じドミ部屋のチェン君。
珍しく英語がペラペラだなーと思ったら台湾人でした。
チェン君とても親切でいろいろと親身になって助けてくれました。
チェン君もまた亜丁に行くらしく、オカナたちが行かないことを知ると、ええ!君たち何しにここに来たの!?信じられない~と、驚かれました。
そんなチェン君も数時間後に高山病になりダウンしてしまった。


瞳がARATA(井浦 新)似のチェン君。

P8080239.jpg


ドミトリーに泊まるほとんどの中国人宿泊客は、意外と皆さんマナーがあります。少し騒いでたとしても夜の23時ごろには皆さん行儀良く布団に入ってくれるし、消灯も出来る。欧米人とは比べ物にならないくらい優秀。
とてもありがたいです。

電気も復活し、温かい布団に包まりながら就寝。


翌朝、8時頃に目が覚めると体調が戻った。
(オカナ、毎回回復力早いのよ)

で、町を探索。

町はとてもこじんまりとした感じ。見渡せばあちこちにチベット系の顔をした人たちが目立ちます。
稲城に住む総人口のうちチベット族の割合は96%なんだそうです。
しかし町には至る所に中国語の文字。
シャングリラでもそうでしたが、チベット人が話す言葉はもっぱら中国語。書くのも中国語です。


その背景には長く続く中国支配の下、チベットの文化、教育が荒廃の道を辿っているのです。
詳しくはコチラを読んでください→(コチラ

教育の場であった寺院が多く破壊されたことによって学べなくなってしまった子供たち、チベット語を教える教師が減少、中国政府は「民間学校」なんてもの作ったけどそんなもの上手くいかなかった。
チベット教育がまともに受けられず、漢民化がどんどん進んで行く一方。


シャングリラではチベット人に「タシデレー」と話しかけても殆どの人が微妙な反応でした。え?チベット語で話しかけるのってダメなのかな?と、思ってしまうぐらいに。だから、渋々ニーハオーと言っててみたものの、なんだかギクシャクしてしまいました。
そして稲城でも。話しかけるとみんな優しい微笑みを見せてくれるんだけど・・・、彼らの口から出てくる中国語を聞くと何だか切なくなりました。
(注 全てのチベット人がそうだったわけではありません。きちんとチベット語で返してくれる人もいました)


え~っと、
町の写真ですが、すいません。これしかありません。

↓ ↓


P8080238.jpg

うん。全然チベット人写ってないし、町の風景も何も無いっていうね。(;^ω^)

なんかね、町を歩いていたら突然飲食店の前で爆竹が始まって、すごかったな~っていう写真です。
どうでもいいね。


え~、そんな稲城でした。短けッ




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09

Category: 東チベット

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東チベット入りました
リアルタイムは理塘(リタン)という町にやって来ました。ここまでの道なりはほんまに!!きつかった~~(;゚Д゚)
たぶん今までの旅の中でも一番の過酷な移動だったかも。そして標高4000m越え!息切れる~、寒っみ~~!


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ニーハオ・・・、ではなく、タシデレ~!!オカナですよ。

はい、タイトル通り東チベットに入りましたよ。
そう、雲南省を抜けて四川省に入り、今は東チベットを周っているんですね~。
以前インドの旅でラダックを訪れた時、いや、それ以前からチベット文化に対してオカナは興味を抱いていました。
と言っても関心を持ち始めたのは今のこの旅があるからで、それまで恥ずかしい話、あまりチベットのこと、チベットが抱える深刻な問題など殆ど知りませんでした。

ラダックでは壮大な自然、厳しい環境なのかで暮らすラダッキーたちの穏やかな心、ニコニコの笑顔、
ダライラマを敬う信仰心の厚い、どこまでもピースフルな世界が広がっていて、そんな場所にオカナの心も癒されまくっていました。
とにかくチベットが好きだ。

んで、中国に入るにあたり、もう一度チベットに触れたいと思っていました。
しかし、今回のチベットの旅はラダックの時とは違って色々と複雑な心境です。

かつては独立国であったチベット。今は中国の一部になり「チベット自治区」に。

チベット問題は今でも深刻だ。
人権問題、差別社会、信仰の規制、大量に流れ込んでくる漢民族(移民)によってチベット族存亡の危機、環境破壊、等。
チベット問題を勉強していくとそれはもうショッキングな事実にため息が止まりません。
(「チャゲ&飛鳥」問題でため息ついてる場合じゃなかったよ)

真実を知れば知るほどたまらない気持ちになり、正直そんな最低中国にはもう居たくないってなったりもしました。こんな縛られたチベットを見るのは辛い!って目をふさぎたくなりました。
けど、それじゃあね。。。せっかくここまで来たんだもの。目を伏せず、きちんと見て来よう。



だもんで、東チベット行くことにしたべさ。


というわけで、、今回も上手くまとめられませんでごめんチャイナ。


とりあえず今日はこんな感じで。。

では、最後に今日リタンの町で見かけたチベット族の夫婦

↓ ↓ ↓

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カッコよすぎて鼻血出そうでした。


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